ヤバすぎる経済学

★★★

本作は、「ヤバい経済学」、「超ヤバい経済学」がベストセラーとなった経済学者とジャーナリストのコンビの4作目にあたります。前2作では「中絶の容認が犯罪率を大きく下げること」、「テロリストの典型的な銀行口座の使い方」、「学力テストで大規模な不正が行われている証拠とその見つけ方」など、経済学が普通対象としないような分野も含めて深く切り込んで、直観に反する鮮やかな分析結果を突きつけるスタイルで人気を博しました。日本では八百長の証拠が見つかって大騒ぎになる前から、これまでの勝敗結果から見て明らかに大相撲で八百長が行われていると指摘していたが話題になりました。

本作でも、これまでの作品と同じく「人種がオンライン取引に与える影響」、「大災害の寄付額と報道時間との関係」、「環境のために車を使わず歩くことの無意味さ」など、タブーを一切恐れない分析が縦横無尽に展開されています。このように書くと、いい加減な人物が執筆していると思う人もいるかもしれませんが、著者のスティーヴ・レヴィットはノーベル経済学賞の登竜門ともいわれる、ジョン・ベイツ・クラーク・メダルも受賞した一流の研究者です。

経済学の固定観念を取っ払って、定量的な分析が可能であれば自分が関心を持ったどんな問題でも研究対象とするのがレヴィットのスタイルです。研究に必要とあれば、ギャングや高級コールガールなどアカデミアの人間が通常付き合わない人たちにも躊躇なくインタビューしますし、本書でもその内容が色々と紹介されています。レヴィットが徹底しているのは人間性や倫理観の欠如に社会問題の答えを求めないことです。先入観を排して、どんな人間でもインセンティブ構造に沿って行動するものだというビジョンにより、直観に反する斬新な分析結果を得ています。その点で、レヴィットが指摘した大相撲で八百長が生まれるインセンティブ構造の欠陥が未だ放置されていることは気になります。

注意が必要なのは、「ヤバい経済学」、「超ヤバい経済学」と異なって、本作は著者たちが運営するブログの中から反響が大きかったコラムをピックアップする形式で、前2作と比較してより雑多な小粒なコラムの集まりであることです。その点で原題では続編でないことが分かるタイトルとなっているにもかかわらず、ヤバいシリーズの最新作と錯覚させる邦題には感心しません。

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10億ドルを自力で稼いだ人は、何を考え、どう行動し、誰と仕事をしているのか

レベル3 ★★★

ファミリーオフィスという富裕層向けのビジネスを営んでいますが、本書のような金持ち本を読むことはほとんどありません。ほとんどの金持ち本の著者よりも富裕層と接していると自負しているからですが、本書は大手監査法人PWCがビリオネア(10億ドル以上の個人資産を保有)100人以上にインタビュー・アンケートをして作成した書籍なので手に取りました。

米国の経済誌フォーブスの調査によると2016年初頭のタイミングで、世界には1,800人以上のビリオネアが居ます。本書では、その中から富を築いた手段が公明正大で、かつ相続ではなく自力で資産を築いた人物を120人選び出して、取材をしています。

世間のビリオネアのイメージを壊す事実が色々と紹介されていて、興味深い内容に仕上がっています。ビリオネアというとITで一発あてた若者というイメージが強いでしょう。しかし、ほとんどのビリオネアは30代以降に成功のきっかけをつかみ、幾度か事業に失敗した後に成功しています。また、ビリオネアも一般の人も将来予測の能力はほぼ同じで、では何が成功の要因であるのかといった分析も面白く読みました。日本人ではユニクロの柳井氏が取り上げられています。

ビリオネアとのインタビューでは1度も電話や部下によるメモの回覧などの邪魔が入らなかったことから、自分の時間の使い方を完全にコントロールして集中できるようにしていることなど、実際にビリオネアを取材したからこそ得られるエピソードもふんだんに盛り込まれています。一方、いくつかの分析結果は後付けの色が濃く、最終章のあなたの会社にも居るビリオネアマインドを持った人物の育て方も少し無理があると感じました。

グローバル資本主義時代の究極のエリートと言えるビリオネアに関心がある人には一読の価値がある書籍です。

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数学の大統一に挑む

★★★★

邦題は大仰ですが、原題はLove and Mathと親しみやすくなっています。日本語のタイトルでは本書の大きな2つの軸の内の1つであるラグランジュプログラムのことしか伝わらず、不満が残るところです。

ラグランジュプログラムとは、数学において代数や幾何、数論といった全く別とされていた分野間に驚くべき類似性があり、この類似性の研究を推し進めて数学の全分野にわたる統一理論を作り上げるという野心的な研究プログラムです。

この統一理論という発想は元々物理で生まれました。この世の中に存在する重力/電磁気力/強い力/弱い力を1つの方程式で説明するという統一理論は、ここ100年にわたる物理界の悲願で、アインシュタインもこの研究に後半生をささげましたが、ほとんど何の成果も得られなかったほど難解です

ラグランジュプログラムはこの数学版と言えます。そして、最近ではこのラグランジュプログラムが数学の枠にとどまらず、物理における統一理論の有力候補である超ひも理論など、最新の物理理論にも関係することが分かってきました。物理・数学の両面において傑出した業績を残し地球上でもっとも頭の良い人間とされるエドワード・ウィッテンが、著者の説得によりラグランジュプログラムへの参加を決断するシーンは、数学ファンであれば鳥肌が立つでしょう。

こう書いてくると本書は難解な現代数学についての書籍と感じるかもしれませんが、英語の原題にあるようにラグランジュプログラムは縦糸にすぎず、本書を並みの数学書と決別させているのは、著者の数学に対する愛が横糸として織り込まれていることです。

著者はユダヤ人として冷戦下のロシアの片田舎に生まれ、本来数学を学ぶことが許されない立場でした。モスクワ大学の受験時にありとあらゆる嫌がらせを受けて、傑出した数学の才能を持っているにもかかわらず、入学試験に落とされるシーンは胸に苦しさを覚えるほど辛い内容です。しかし、著者はもちろん周囲の人の限りない数学への愛により、モスクワ大学に進学できなくても素晴らしい数学教育を受けられ、最終的にハーバード大学にポストを得たことで一流数学者への道が開かれました。著者は上記のラグランジュプログラムの中枢の1人として活躍しています。

第一線で活躍する数学者でありながら、本書のような広い読者向けの書籍の執筆や数学をテーマとした映画製作まで活動を広げているのは、人生を救ってくれた数学というかけがいのない存在の魅力を、1人でも多くの人に知ってほしいという著者の情熱から来るのでしょう。

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素数の音楽

★★★★

21世紀を迎えて最も重要かつ未解決の7つの数学の問題を、クレイ数学研究所はミレニアム問題として選びました。この内ポアンカレ予想だけはペレリマンにより証明されましたが、他の6つの問題は2016年時点で未だ証明も否定もされていません。

2,000年以上にわたる数学の歴史において、人類が解決できていない最も重要なこの6つの問題の中でも、最も重要なモノはどれか数学者にアンケートをとると、ほぼ全員が本書のテーマである素数と関係するリーマン予想と答えるでしょう。

本書では2,000年以上前に古代ギリシャ人が素数というモノを見つけてから、素数の分布について19世紀の天才数学者リーマンが残した予想に至るまで、人類が素数とどのように向き合ってきたのかが簡潔かつ時系列に沿って分かりやすくまとめられています。

現代数学はこのリーマン予想が正しいことを前提として、その上に数千の理論を打ち立てることで発展してきています。現代数学の根幹をなしているリーマン予想ですが、情報技術があまねく浸透している現代社会のインフラにも関係しています。それはオンラインでのコミュニケーションや決済に不可欠な暗号技術に、巨大な素数が用いられているからです。本書では数学理論としての素数だけではなく、社会において素数がどのように用いられているのかにも詳しく、IT技術への洞察も深められます。

金融の世界においても、数学の重要性は高まるばかりです。昨年半ば以降大荒れとなっている金融市場ですが、数学に長けた人材を集めたアルゴリズム取引のヘッジファンドの多くは安定したリターンを上げています。テクノロジーにおいても、金融においても重要性を増している数学の本質に触れられる良書です。

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NEXT WORLD

★★★

NHKスペシャルの未来技術についての番組内容を再編集した書籍です。本書のあとがきにもありますが、これまでNHKで未来技術について特集するときは、そのデメリットや既存の社会構造への影響などネガティブな面が強調されるきらいがありました。

しかし、本書は概ね未来技術の可能性に焦点を当ててポジティブなトーンでとらえています。技術的な内容だけでなく、起業家や科学者、エンジニアたちがどのようにその技術を社会で活用していこうと考えているのかについても良くまとまっています。

IT技術があまねく社会に浸透してきたことで、IOTやAI、バイオテクノロジーといったテックワードが経済誌や一般のニュースでも頻繁に使われるようになりましたが、その技術的な内容や社会にどのような影響があるのか応用面まで正しく理解できている人はまだ少ないでしょう。

本書にはこうしたこれからの数十年における技術革新のカギとなるようなキーワードが50ほど紹介されていますから、本書をざっと読んで理解すればメディアで触れるテックワードについての理解は飛躍的に高まるでしょう。

本書を読んで感じたことは、今後の主要技術のほとんどで米国企業が圧倒的に先行していることです。本書が10~20年前にまとめられれば、もっと日本企業やそこで活躍する日本人の存在感は大きかったでしょう。米国経済の独り勝ち、そしてその米国でも基礎技術を含めて技術革新の中心が大学や研究所から企業にシフトしていることも印象に残りました。

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ぼくらの仮説が世界をつくる

★★★

高校の同級生で、講談社で「ドラゴン桜」や「宇宙兄弟」など数々の大ヒット作を手掛けた後に独立して、エージェント会社のコルクを創業した佐渡島君の著作です。これまで、編集者としてコミックや小説を世に送り出す側であったため、佐渡島君が著書となった初めての作品です。

高校時代から文芸春秋に小説が掲載されるなど佐渡島君は異彩をはなっていましたがほとんど交流はありませんでした。お互い就職してから少しずつ会うようになり、お互いベンチャーの経営者となった今ではゴルフや講演会などでよく交流します。

彼と話していると何気ない会話の中にも鋭い示唆があって、とても刺激的です。本書は佐渡島君の過去の講演内容を編集者がまとめて、それに彼が加筆する形式をとっています。ですから、佐渡島君の鋭いものの見方と、それによってどのようなアクションが生まれたのかが豊富に盛り込まれていて、コンテンツを作ることに関わっている人はもちろん、どの業界で働く人にとっても色々と参考になるでしょう。

同級生で、かつ同じ起業家として活躍している佐渡島君は、私自身にとっても刺激をもらえる有難い存在です。本書でどのような思いで起業をして、今経営をしているのかはまさに我が意を得たりという内容で、初心を思い出させてくれました。佐渡島君がコルク創業後に初めて手掛けたコミック「インベスターZ」は、資産運用がテーマということもあり8巻巻末に私のインタビューを掲載してもらいました。

これからも色々とコラボしていけることを楽しみにしています。

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スーパーパワー

★★★

冷戦後、唯一の超大国となって久しい米国ですが、今後世界をリードしていく中でどのような政治的な立ち位置があり得るのか、大胆な予測とその的中率で知られる著名な政治学者イアン・ブレマーが3つの現実的な選択肢を提示して、議論が展開されています。

その3つの選択肢はできる限り対外的な軍事的干渉を制限して国内にリソースを集中する「独立するアメリカ」と、経済的効率性から外交政策を判断する「マネーボール」、さらには対外的に積極的な働きかけをする「必要不可欠なアメリカ」の3つです。

そして、著者が本書の結論部分で次期大統領に薦めるのが「独立するアメリカ」です。「マネーボール」には米国の国家としてのビジョンをお金で換算してしまうことのデメリットが大きいこと、そして「必要不可欠なアメリカ」は聞こえがいいものの、米国の世界的なプレゼンスをその地位までもっていくにはあまりに人的・経済的リスクが大きいことがマイナス要因として挙げられています。

上記2つの方針よりも、米国国内にリソースを集中することで、米国が理想とする国家のビジョンを体現することが、現在の米国のプレゼンスを踏まえた最も現実的かつ効率的なやり方であると著者は主張しています。次期大統領の最有力候補であるヒラリー・クリントンの外交施策に対する主張と共通するところが多く、著者の主張はとてもリアルに感じられました。

一方、同盟国である米国に安全保障の大部分をこれまで依存してきた日本にとっては「独立するアメリカ」という選択肢は厳しいモノでしょう。安全保障問題に関する老舗シンクタンクであるランド研究所からも、日中が尖閣諸島を巡って衝突した場合に米国は積極的な関与をせず、結果わずか5日で中国が勝つというレポートが先日出されましたが、これも「独立するアメリカ」の現実性と日本へのネガティブな影響を推測する上で大きな意味を持つ内容です。

米国の傘の下というこれまでの安全保障の前提が変化したときに、日本にどれだけ自前のリソースで安全保障問題に対する有効な手立てを打ち出せるのか、甚だ不安に感じます。

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インテル 世界で最も重要な会社の産業史

★★★★

今や世界でその社名を知らない者はほとんどいないインテルの創業当時からの現在までの歩みをまとめた、600ページ2段組の超大作です。本書の原題は”Intel Trinity”というタイトルで、インテルを作り上げた3人のリーダー(ロバート・ノイス、ゴードン・ムーア、アンディ・グローブ)をそれぞれ、キリスト教の三位一体における父(ノイス)、子供(グローブ)、精霊(ムーア)に例えて、どのようにインテルという世界最強の半導体メーカーが発展してきたのか、この3名を軸に網羅的にまとめられています。

この3人のキャリアは、そのまま人類が半導体をどのように生み出し、洗練させてきたのかと重なります。ノイスはIC(集積回路)を発明し、短命であったため惜しくも受賞を逃しましたが、ノイスとは別にICを発明し2000年にノーベル物理学賞を受賞したジャック・キルビーも認めたように、長生きしていれば確実にノーベル受賞者に名を連ねた天才科学者でした。リーダーとしても傑出していて、スティーブ・ジョブズのメンターとして知られ、80年代後半に日本企業の攻勢にさらされ、弱体化していた米国の半導体産業を復活させる旗印となったことは本書にも詳しいです。

ゴードン・ムーアも、提唱から40年経過するのに未だに当てはまり続けているムーアの法則「18~24ヵ月ごとに集積回路に搭載されるトランジスタの数は倍になる」で、これからも人類の文明が続く限りその名が残る偉大な科学者です。また、トリニティにおける精霊に例えられるように、人格者としても高く評価されています。

そして最後のアンディ・グローブは第二次大戦下のハンガリーにユダヤ人として生まれ、数々の迫害を逃げ延びながら米国にたどり着き、ノイスとムーアと出会ってインテルに創業時から在籍し、CEOを長く勤めてインテルを一ベンチャーから世界最高の半導体メーカーに育て上げるというこちらも傑出した人生を歩みました。

著者は1970年代から長くシリコンバレーで活躍するジャーナリストで、インテルを軸にここ50年近くのシリコンバレーの発展ぶりが詳細に把握できる稀有な作品に仕上がっています。インテルのトリニティが居なければ、現在のアップルもグーグルもフェイスブックも今の形とはなっておらず、シリコンバレーはもちろん広く全世界がこの3名の影響を強く受けています。シリコンバレーのベンチャーを継続的に生み出す力、引いては米国経済を世界最強足らしめている原動力とはどのようなものか知りたい方には必読の素晴らしい著作です。

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ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

★★★★

ハードカバー15冊からなる超大作「ローマ人の物語」を始めとして、ルネッサンスを描いた数々の作品や、ローマ以降の地中海を舞台とした作品、さらには十字軍を描いた作品など、数々の傑出した歴史作品で知られる塩野七生さんの最新作です。

上記のように、これまでの作品は全て古代ローマ時代以降の歴史を扱ってきましたが、初めてそれよりももっと時代をさかのぼって、古代ギリシャ時代を扱っています。古代ギリシャ時代でいうと世界史の授業でさらっと扱う程度ですが、本書ではアテネやスパルタなど主要のポリスの社会制度、各ポリスから登場した傑出したリーダー、サラミスの海戦をピークとするペルシャ戦争など、ローマ人の物語と同じく、はるか古代の歴史が眼前に展開されるかのように鮮やかに描かれています。

歴史を個人に焦点をあてて、彼ら・彼女たちへの個人的な思い入れも含めて描くことには批判もあるでしょう。しかし、歴史を専門としない一般読者としては、傑出した個人を軸とした物語仕立ての方が歴史の流れがスムーズに入ってきますし、情報が限られた古代の歴史にはいずれにしろ後代の脚色が避けられないでしょう。もちろん、歴史を書かせれば当代随一の塩野さんの手による作品なので、本作も読者を歴史時代への興味をさらに駆り立てるレベルにまで昇華されています。

ローマ人の物語では特にカエサルに関する巻が愁眉でしたが、本巻にもテミストクレスというカエサルに負けず劣らず傑出した能力を持ち、かつ飄々としたリーダーが登場し、ペルシャ戦争にまつわる記述は圧倒的な興奮をよびます。本書は3部作の第1作という位置づけですが、現在78歳という高齢にもかかわらずここまでの大作を書き上げる彼女の情熱には頭が下がります。1年に1作ずつなのであと2年間、残りの2作を心待ちにしています。

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なぜ専門家の為替予想は外れるのか

レベル3 ★★★

いやゆるFX本以外、為替についての書籍はあまりありませんが、本書は30年以上に渡って大手金融機関の一線で為替のトレーダーとして活躍してきた著者による本です。タイトルへの著者の回答は、「為替の相場の歴史が浅いから」というシンプルなものです。

数百年の価格推移の歴史がある株式や債券、不動産に対して、為替は本格的な変動相場に突入したのは1970年代以降の40年程であるという主張です。歴史が浅いために、PERやPBR、配当利回りのように定量的な割安・割高指標もあまりなく、トレーディングの一線でも勘に頼った取引が中心であるため、為替予測はそもそも困難だという主張には納得しました。

また、巷に出ている為替予測は、そもそも為替の本当のプロであるトレーダーからは全く参考にされていないということも繰り返し説明されています。著者はステートストリート銀行というカストディサービスで世界最大手の金融機関に努めていて、世界の大きな資金の流れを元にした社内の敏腕なクオンツ分析家たちによる予想の方がはるかに役立つという点にも納得です。

このようにプロですら、中々実態がつかめない為替の世界で個人投資家がレバレッジをかけて取引するFXの世界に絶対に足を踏み入れてはならないという著者の主張は、とても大切です。一部、ヘッジファンドのスキルをあまりに高く評価していたり、円キャリー取引の存在を否定したりと極端な主張もありますが、概ね個人投資家にも参考になる点が多い、為替についての貴重な好著といえるでしょう。

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世界の権力が寵愛した銀行

レベル3 ★★

ここ数年で米国のIRS(内国歳入庁)を中心として情報開示が進み、鉄の結束の象徴だったスイスの銀行の情報秘匿は大きく崩れましたが、本書はその崩壊の象徴的な事件の1つを扱っています。

HSBCのシステムエンジニアであった本書の著者は、モナコで生まれ育ちフランス/イタリアの両方の国籍を持ち、HSBCのプライベートバンキングで働くというユニークなバックグラウンドを持っています。モナコでとんでない大富豪があふれている世界と、フランスやイタリアの一般庶民が多くいる世界のギャップを常に見ながら育った著者は、以前から銀行システムについて懐疑的な視点を持っていました。

その視点が、HSBCで働く中で富裕層たちが世界中のタックスヘイブンを通じて脱税していることをとらえた時に、著者はプライベートバンキングの個人情報を取得してそれをフランス政府に持ち込むという行動につながりました。著者が開示した情報を元に、欧州主要国で脱税を摘発する動きが広がっています。一方、スイス当局は自国最大の産業である銀行の信頼性を傷つけた許しがたい犯罪者として著者を追い続けています。

確かに、そのプロセスはエキサイティングですが、全般的に本書に対しては失望感を持ちました。その理由としては著者の主張にどうしても首をかしげざるを得ない部分が多いからです。著者の主張の矛盾や反論については、冒頭や巻末で海外投資の第一人者である橘玲さんが解説していて、この記述は大きな助けとなります。

また、タイトルに反して著者の行動は本当の世界の権力者を追い詰める効果は持ちませんでした。せいぜい、小金持ちの脱税を暴いたくらいです。同時に、本書を読むとプライベートバンキングとは犯罪行為の温床のように映りますが、その理解もまたとても偏っています。

より広範でバランスの取れた視点からの、プライベートバンキングとタックスヘイブンについての問題提起が望まれます。

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あのバカにやらせてみよう

★★★

1990年代後半から2000年代初頭にかけてのITバブルにわく、渋谷を中心とした国内の起業家たちの様子がよくまとめられています。ジョホールで同じコンドに住む加藤さんに薦められて手に取りました。加藤さん自身も何度か本書に登場します。

当時から20年近くが経過していますが、本書に登場する中でも孫正義氏、南場智子氏、松本大氏、松山大河氏などは今でも同じポジションで活躍しています。ただ、裏を返すとこの20年でほとんどの起業家が一線を去ったことになります。

1990年前後のダイヤルQ2ブームで誕生した通信関連ベンチャーが、1995年のWindows95誕生とインターネット普及、2000年のiモード誕生により百花繚乱の様相を呈していくことが本書から分かります。私は2000年当時、大学生だったので起業家コミュニティのことをほとんど知らなかったので、この時代の雰囲気や起業家たちの関係性がよく分かりました。

本書が取り扱った時代の後も、2005年前後のライブドアを中心とした盛り上がりや、100億円以上の評価額の未上場企業が続々と誕生する現在など、定期的に起業の盛り上がりが日本で起きています。残念なのは語られている言葉が、「どうすればシリコンバレーのような起業が当たり前の世界を作れるか」、「米国とのベンチャー業界の差はどうしたら埋められるか」など、本書とほとんど変わらないことです。

本書の締めはiモードが爆発的に普及し始めたところで終わっています。日本初のグローバルITサービスが生まれるかもしれないという期待が語られていますが、結果的にサービスだけでなくソフト、ハードウェアまでアップルやグーグルに抑えられてしまった結果はあえて多くを語らなくともご存知でしょう。

今から10年後も、同じ言葉が繰り返し語られることのないように、再び盛り上がりを示している日本での起業ブームを本物の流れとしていかなくてはと感じました。

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